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メキシコ行ったら驚いた。 From Editors No.896

From EditorsNo.896 フロム エディターズ

メキシコ行ったら驚いた。

スタッフの一人が腰のあたりをさすっていた。「なんか、キリでぶすっと刺されたように痛かった……」。あれほど警戒していたというのに噛まれてしまったか……。足元には赤いアリたちが右往左往し、写真を撮影していると足を這い上がってくる。日本でも話題のヒアリの種だと思うが、そのファイアーアントと呼ばれるアリが私たちを悩ませた。正直、メキシコを甘くみていた。

昨年、自生地巡りでいったブラジルは蚊を媒介する感染病や毒蛇、毒グモなど、事前に情報を得ていたのでそれなりの格好で出かけたが、今回は準備するものは特にないとの現地からの連絡で短パンTシャツで行こうかと思っていたぐらいだ。取材は6月初め、メキシコのオアハカ州は雨季であった。毎夕とんでもない土砂降り。郊外に行くと未舗装の道も多く、あっという間に土石流のような茶色い激流へと姿を変えた。旅の始まり、ガイドのイリッシュは「リアルメヒコを見せてあげる」と笑顔で言った。コーディネーターのナユタは「南部には山賊もいるので気をつけて」と付け加えた。

フィールド初日。最初のポイントを昼前に撮影し終えた私たちは待機していたフォード エクスペディションに乗り込んだ。撮影していたカメラマンはまだ戻ってない。ふと前を見るとピックアップトラックが3台こちらに向かっていた。荷台には大勢の人が乗っている。30〜40人はいるだろうか。よく見ると男たちはマチェーテと呼ばれる山刀を持っていた。山仕事か何かと思って眺めていたが、彼らの目的は私たちだった。

山道を塞ぐようにピックアップトラックを止め、荷台からぞろぞろと降りてくる。男だけじゃなく女も混じっている。あっと言う間に私たちの車は山刀を持った男たちに囲まれた。カメラマンは幸い彼らが来る前に車に乗り込んだ。車内に緊張が走る。ガイドは車の窓から努めて親しげに話すが相手からは一向に笑顔を引き出せない。ガイドも目の奥が笑っていない。抜き身の山刀を肩に立てかけた巨漢が覗き込むように車内を睥睨する。私は自然と床に目を落とした。スペイン語はわからないが「こいつらは誰だ?」そんなことを聞いているは容易に想像がついた……。

後々ガイドに聞くと父親経由で村の取りまとめ役に取材のことは連絡していたそうだが、うまく伝わってなかったようだ。加えて、土地の所有を巡り隣の村と揉めていて村人は少しナーバスになっていたという。メヒコの取材はいろいろあったが、正直、これが一番怖かった。ほかにも毒虫、毒蛇などの危険生物にはブラジル以上に事欠かない。目玉から血を吹き出して捕食者を攻撃するツノトカゲとも遭遇。「小さくてカワイイ」などと言って近距離で観察していたが、そんな恐ろしいトカゲとは日本に帰ってきてから知った。後半はスタッフの多くが腹を下すなどハードな旅だった。ガイドのイリッシュには「メヒコは思っていたより怖くなかったでしょ?」と言われたが、思っていたよりずっと危険だった。

自生地巡りはどこも楽じゃない。だからこそ手付かずの自然の姿を見ることができる。お陰様で今回はヘクティア ラナータが繁茂する驚きの自生地を撮影することができた。ひとつニュースもある。日本で人気のアガベ ティタノタは実は現地ではもう1種、アズールと呼ばれるものがある。「2つのチタノタの物語」として、その両者を撮影してきたが、帰国後に前者はティタノタとは別種と認められ、アガベ オテロイとして新たに記載されたのだ。「2つのティタノタの物語」がまさかこんな形で幕を閉じるとは、ちょっとドラマチックだ。

●町田雄二(本誌担当編集)
BRUTUS 896号:From Editors
どこへ行ってもいて、取材スタッフを悩ませたアリ。何種類かいた。
BRUTUS 896号:From Editors
ツノトカゲ。可愛らしい見た目と違い、攻撃の仕方がかなりビザール。
BRUTUS 896号:From Editors
「もうひとつのティタノタ」ことアズール。実はこちらが本当のティタノタ。
BRUTUS 896号:From Editors
こちらが日本でも人気のティタノタ。帰国後にアガベ オテロイという種になったとニュースを聞いた。


ブルータス No. 896

新・珍奇植物

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