マガジンワールド

旅の記憶。 From Editors No.914

From EditorsNo.914 フロム エディターズ

旅の記憶。

いつだったか、J-WAVEでジョン・カビラが旅に行くときは、いつもと違う香りのキャンドルを持っていくようにしている。と、言っていた。旅の記憶を香りにおさめるためだという。いいルールだと思う。香りによってふとした瞬間に蘇る旅の記憶は、写真でたどる旅の記録とは違って、不意をつかれる感じがたまらないですよね。

ビッグ・サーに訪れたら一度は泊まるべきだといわれるロッジ、〈ディージェンス・ビッグ・サー・イン〉で僕らを出迎えてくれたのは、桃の花のしとやかな香りでした。くわえて、ビッグ・サーを包みこむ潮風に燻されたレッドウッドの香りに訓市くん(野村訓市)はいたく反応していた。メローになると。この香りをビッグ・サー土産にと思い、せっせとスーヴェニアショップをまわってみたものの、キャンドルも石鹸も、収穫はなかった。仕方ないので記憶のフォルダに格納しました。これでいい。

音楽もまた、旅の記憶に不意打ちをかけてくれます。ビッグ・サーを移動中、訓市くんがiPhoneに入れた自身のありものから、ラジオ番組さながら、曲をセレクトしてくれてました。海岸線のカーブが続くころ、彼が選んだのはロバート・パーマーがカバーしたマーヴィン・ゲイの「Mercy Mercy Me / I Want You」でした。きらびやかなアレンジがいかにもロバート・パーマーらしいカバーです(そのゴージャスさが嫌いっていう人もいたりします)。1990年、夏のテーマソングとして長い間、ボクの記憶に刻まれていた曲でしたが、すっかりビッグ・サーの記憶として上書きされてしまいました。これもまたいい思い出です。

いつかどこかで桃の花の香りに出くわしたら、きっとビッグ・サーを思い出すはずです。ふとした瞬間に蘇る旅の記憶っていいものですね。旅に思いを馳せるいい機会かもしれません。これこそTraveling Without Movingーー(低いトーンで)こんばんは、野村訓市です。

●︎古谷昭弘(本誌担当編集)
BRUTUS 914号:From Editors
ビッグ・サーのランドマークともいえるロッジ、〈ディージェンス・ビッグ・サー・イン〉に咲き誇る桃の木。しとやかな香りは旅の記憶として刻まれる。


ブルータス No. 914

いつか旅に出る日。

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ブルータス No. 914 —『いつか旅に出る日。』

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