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無頼派酒場より Special Contents BRUTUS No.925

Special Contents 無頼派酒場より

現代の無頼派たちが足繁く通う酒場は、料理と酒はもちろん重厚な内観、文化人たちのエピソード、チャーミングな店主……と魅力もさまざま。本誌では11人のアニキたちが愛する酒場についてのエッセイを寄稿してくれました。WEBでは3人分をご紹介します。

清野とおる漫画家

板橋本町長寿庵

板橋本町
 長寿庵
昔からここの蕎麦が好きだった。定番の「もり」「ざる」は勿論のこと、「ごまだれ蕎麦」や、桜の葉の塩漬けを細かく刻んで練り込んだ春限定の「桜切り蕎麦」も絶品。数年前に初めて飲酒をしてみたところ、飲み屋としても秀逸だということに気づいてしまった。さつま揚げ、串焼き、たぬき豆腐などを蕎麦焼酎の蕎麦湯割りでチビチビやった後、〆に蕎麦をたぐると、モー、とんでもないレベルの満足感を得られる。家族経営の店員さんたちも全員優しいので、つい長居に。御年82歳のご主人は、貴重な板橋昔話をしてくれる。僕の知る限り、板橋区でいちばん板橋区に詳しい人で、噺家さんのような語り口調も耳心地が良く、古(いにしえ)の板橋にタイムスリップさせてもらえる。店のお隣は、有名なパワースポット〈縁切榎〉。そこに奉納する絵馬の購入を目当てに来店する人が一定数いるが、蕎麦を食べないなんて勿体ない。ここの蕎麦屋こそが真のパワースポットだとニラんでいる。

せいの・とおる/東京ウォーカーに連載中の「東京怪奇酒」第16話でも〈長寿庵〉でのエピソードを取り上げた。



前野健太シンガーソングライター

新宿岐阜屋

新宿 岐阜屋
1人で飲むのはだいたい岐阜屋です。瓶ビールと同時に蒸し鶏を頼みます。本や映画館でもらってきたチラシなんかを眺めながらコップにビールを注いで。蒸し鶏が半分くらいになったら山芋醤油漬けを頼みます。この2品でしばらくビールです。たまに頭上を走る電車の音が聞こえます。

岐阜屋にはもう10年以上通っていますが、店の人と話したことはほとんどありません。注文と勘定くらい。それがいいのかもしれません。客層もバラバラで「新宿だなあ」という感じがします。瓶ビールを2本飲み終わるぐらいで木耳玉子炒めを注文します。チンさん(たぶんそういうお名前)が作る木耳玉子炒めは絶品です。ビールの瓶を大から小に変えて熱々の木耳玉子炒めをはふはふ言いながらいただきます。これで締めです。いつもだいたいこの注文です。でも飽きないのが不思議です。新宿から岐阜屋がなくなったら、少しさみしくなるでしょうね。

まえの・けんた/CD作品に『サクラ』、主演映画に『変態だ』などがある。『すばる』でエッセイを連載中。



小林和人〈Roundabout〉〈OUTBOUND〉店主

吉祥寺浜やん

吉祥寺 浜やん
死活の酒場か、はたまた死活の飯場というべきか。兎にも角にも、吉祥寺に〈浜やん〉在り。初めて訪れた12年ほど前、ざっくばらんとした居心地の良さとご飯の美味しさに、胸を衝いたのは「なぜもっと早く来なかったのか」という後悔。私が吉祥寺で商いを始めて今年で21年、ということは〈浜やん〉知らずの9年は蝉の幼虫期の様なものでありましょう。もし運良く看板を見つけられたなら、その足元へ続く階段を下りていくといいでしょう。先に待つのは、遠くまで来た様な旅感と旅から戻ってきた様な家感。温かい大根煮、明日葉の天ぷら、そして島寿司……。シークワーサービールから始めて、「島の華」「島流し」と徐々に焼酎の度数を上げ、最後は酸味の効いた独特の風味が特徴の「青酎」で〆。大将とご家族のさりげない気遣いも接客が生業(なりわい)の私にとって大きな学びです。じわりじわりテーマパーク化していく吉祥寺にどすんと打ち込まれた太い楔(くさび)、それが〈浜やん〉です。

こばやし・かずと/代々木上原に〈Roundabout〉吉祥寺に〈OUTBOUND〉と2店、生活雑貨の用品店を構える。


ブルータス No. 925

いつでも!おいしい酒場。

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