From Editors No. 812 フロム エディターズ
From Editors 1
その酒場の楽しさに気づいて、通って早5年。
スナックがキテる、と実感する今日このごろ。
スナックに初めて足を踏み入れたのは5年前。尊敬する仕事の先輩に連れられ、中目黒のとある店へ。赤いベルベットのソファに陣取る常連の地元おじさまたち、漂う昭和のムード。ハイモードで固めた先輩の身なりとはおよそ相容れない店の雰囲気に気圧される暇もなく、先輩に「まずは一曲歌えよ」と言われるがまま、素面で場違いな外国歌を歌い上げ冷ややかな視線とまばらな拍手を浴びる。爆笑する先輩。気恥ずかしさを紛らわすように、妙に濃い水割り(酒銘柄不明)を煽るうち、だんだんと調子づき場の雰囲気を掴む。最終的にはしゃがれ声のママの絶妙の合いの手に、常連巻き込み昭和歌謡の大合唱。店を出るとき、何とも言えぬ解放感と幸福感に包まれました。「これが、スナックか」。魔宮の魅力にハマった瞬間であります。いまではこの店を含め、常連の末席に加えてもらった店がいくつかあります。
スナック。一説には喫茶店よりその数が多いとされ、全国どこでも目にする昭和生まれの酒場文化。なのに長らく、近くて遠く、メインストリームから離れた存在。扉を開けてしまえば、こんなに自由で気楽で楽しい酒場はないのに。しかし最近、特に東京では若い男女のスナック回帰が顕著です。二軒目酒場は迷わずスナックへ。そんな人が増えてます。スマホのやり取りじゃ味わえない、泥臭くて、生っぽくて、あったかい、そんな人との繋がりをみんな欲していたのはないでしょうか。ブームを裏付けるように、新しいタイプのスナックや、若い店主も増えつつあります。
というわけで、今回の特集はスナック。日本が誇る酒場文化にあらためて光を当ててみます。特集では、まず東京のスナックブームを牽引する店を紹介。また、玉袋筋太郎、都築響一、スナック文化の伝道師たるお二人を筆頭に、多くの人にスナック愛と楽しみ方を聞きました。ギター1本で全国のスナックを巡る、“24歳おんな流し”の九州旅にも密着。
誤解を恐れず言えば、スナックは美味いつまみやこだわりの酒を求めにいく場所ではないでしょう。個性的なママ(またはマスター)に会いに行くところ。そして星の数ほどある店の中から、自分にぴったりくる一軒を探すのがスナックの扉を開ける楽しみでもあります。あなたも「ただいま」と言えるスナック、見つけに行きませんか?
From Editors 2
重たい扉、開けてみたら。
自分からスナックにいったことはほとんどない。店内が伺えず、開ける側の心境としても物体としても重い扉を開けるのが億劫だからだ。40歳も近くなって「大人の扉」と呼ぶには少し違和感を覚えるが、この歳になってもスナックの扉を開けるにはなかなか度胸がいる。知らない町で、さらに入口が地下にあったり、エレベーターであがる場所にあればなおさらだ。そのスナックは繁華街から離れた少し寂しい場所にあり、入り口は地下にあった。装飾の施された重たそうな扉からは中の様子は伺えない。扉の中央には「会員制」のプレートがかかっている。会員制と謳うスナックはたくさんあるが、多くは常連客の聖域であるその場を冒す者、酔客などを断るための言い訳に過ぎないと聞いた。礼儀正しく入っていけば、きっと大丈夫。
そこの店は少し違っていた。「そこに書いてある文字、読めない? 」。1杯だけ飲ませて欲しいと落ち着いてせがむと、わからない奴とばかりママの目は厳しさを増し、常連客は店の中から面白半分でこのやりとりを眺めている。ママはボトルキープのことやチャージ制であることを詳しく教えてくれたが、それを理解したらどうぞというのではなく、むしろ気軽に立ち寄る店じゃないから帰ってね、と言われているようだった。それでも、押し問答の末に、なんとか入れてもらった。
入る前はボトル制と言われたが、いきなりボトルを入れなくてもいいとグラスを薦められた。ママにも常連にもなぜこの店に来たのかを問われ、隠すべきこともないので理由を話した。そもそも来た理由を客に問わざるを得ない店というのも不思議な話だが、会話の中でこの “倶楽部” にあった人間かどうか問われていたのだと思う。杯を重ねていくうちに緊張はほどけ、戦争で焼け残り周囲は古い建物が多いとか、裏の寿司屋の旦那が外国の女性を嫁に迎えただとか、他愛もない話をしているうちに気がつけば終電になっていた。時としてスナックは時空を歪ませる。
その日はちょうど川島なお美さんの訃報が流れた日で、最後の1杯はファンだという常連から献杯の赤いワインを頂いた。終電を追いかけ忙しなく店を後にした道すがら、赤い旗の刺さる地図を思い浮かべた。馴染みのスナックを持つことはその町に明確な居場所を持つことだ。その日、馴染みのない町が少しだけ自分のものになった気がした。