From Editors No. 788 フロム エディターズ
From Editors 1
木の椅子は裏切らない。
取材をしているときに、「椅子好きのゴールはハンス・ウェグナーの《ベアチェア》(約200万円)に座りながら、フィン・ユールの《NV-45》(約250〜300万円)を眺めることだ」と聞きました。なぜ後者は眺めるだけなのか、これは別の話なので本誌に書きましたが、いまの私なら50万ぐらいまでなら払いますよ。きっと親類縁者には「やめておけ」と言われるでしょう。でも、いい椅子は裏切らない買い物だと思うんです。洋服のように飽きずに長く使えますし、「いまいちサイズが違っていた」なんてこともないですし、お気に入りの椅子が家にあると毎日を楽しく過ごせます。裸で座るわけにはいきませんが、1脚2万円なら高いシャツを買うぐらい。ならば1枚我慢して手始めに《スツール60》でも買ってみませんか? いい椅子は所有してみないとわかりません。
じゃあ、何を買うかって話ですが、イームズのようなポップな椅子もいいのですが、いまの洋服がシンプルで機能的な定番が求められるのと少し似ているように、ことさらに主張することなく、あるところにすっと収まってくれる木の椅子が気になりませんか? 例えば、「木」と「レザー」と「キャンバス」という組み合わせがいま見ても抜群なコーア・クリントの《サファリチェア》、職人技を駆使した美しい細部が目を引くオーレ・ヴァンシャーの《コロニアルチェア》、”国民の椅子”と呼ばれる普遍的なデザイン性と物語性を帯びたボーエ・モーエンセンの《J39》とか。私は手始めに《サファリチェア》を購入しましたが、いや参った、座り心地も格別です。
この時代に椅子のデザインはすべて出つくした、と言われても不思議ではないほど、”傑作”と呼ばれる木の椅子の多くは20世紀前半の北欧で作られています。デザイナーの名前で買う時代じゃない今だからこそ、巨匠たちが手がけた椅子を知りたい、座りたい。北欧取材を中心に、いつまでも過去の物になることのない木の椅子の魅力をこの号に詰め込みました。自分のための1脚をしっかり探すこと、これはきっと後悔しない買い物です。
From Editors 2
木でできていることが、
たまらなく「嬉しい」。
特集内、「新世代の日本の木工作家たち」と題したページでは、14名の作家を紹介しています。たとえば、富井貴志さんのブレッドバスケットは、クリの木の塊から削り出されていて、程よい厚みと重みがしっくりと手に馴染みます。盛永省治さんのボウルは生木のウッドターニングで、主張の強い木目や歪みや割れも木の個性、「この木でこの形は世界でただひとつ」と思うと、愛おしさもひとしおです。そんなふうに、14名の作家の作品どれもが、木でできていることがたまらなく「嬉しく」感じられるものでした。いつどこにいても、同じものが手に入ることに慣れてしまっている私たちにとって、手仕事で作られる木の器や道具に「ひとつとして同じものはない」ことも、心惹かれる理由かもしれません。