リクエストするなんてもったいない。 From Editors No.942
From EditorsNo.942 フロム エディターズ
リクエストするなんてもったいない。
寄席では、各演者の出演時間はだいたい決められている。しかし、前の演者が興に乗って予定よりも時間オーバーしたりすると、その後の演者が、全体の制限時間内で終わるよう、うまいこと調整をする。以前、こんな話を柳家権太楼師匠に聞いた。「落語家さんは、どうやって自分に割り振られた時間内で噺をまとめることができるんですか? 前の人が長すぎたりすると、急に自分の時間を短くしなければならなくなることもあります。でも、そもそも時計を見ている素振りもありません」権太楼師匠「足の痺れ具合でね、だいたい時間はわかるもんなんですよ」。こういう短い返し、本当に粋だな〜と思う。
「こんなにレコードがあるのに、これからかけたい曲がどこにあるかすぐに見つけられるなんてすごいですね?」。リスニングバーの店主が散々聞かれる質問だ。彼らは「プロなんだから、そんなの当たり前!」と思いながらも優しい笑顔で、どうやって棚づくりをしているか教えてくれる。ただ、選曲の流れで、マイナーな曲が思い浮かんだとき、アーティスト名やアルバム名は頭に入っていても、曲名まで頭に入っていないことは多々あると言う。では、彼らはどうやって、探し出すのか。「レコード盤に刻まれた溝をじっと見つめれば、何曲目かがわかる」のだという。
毎晩、客の息遣いや様子を見ながら即興で、二度とは生まれない選曲を披露するリスニングバーの店主たち。そこには、伝統芸能に負けない粋がある。
この前、あるバーで、こんな話をしていたら、隣の常連がこんなことを言った。「だからさ、リスニングバーに来て、リクエストするなんて粋じゃないんだよ、だって、こんなに毎日通っていても、初めて聴くすごい曲かけてくれるんだよ。どうしても聴きたい曲があるなら、家で聴けばいいんだよ」。さもありなん。でも、こうも思う。家では置くことのできないスピーカーなど、素晴らしい空間の中で大好きな曲も聴いてみたい、と。
巻頭のBar MARTHAの店主・福山渉さんがこういう話をしてくれた。「僕らは、お客さんひとりひとりきちんと見てます。あの人の、今日の体調はどうだろう、どんな1日過ごしたんだろう、どんな音楽の趣味があるんだろう、って想像します。お、この曲ノッてくれたか、とか。じゃあ、あの人が満足してくれる曲、うまいことつないでかけたい! と一生懸命考えています」。この話を聞いて、こう思った。直接的なリクエストなんかする必要はない。でも、リスニングバーでかかる曲を真剣に聴き、小さく反応をすることこそが、いつかのリクエストにつながるのだと。それは狙ってたど真ん中の曲ではないかもしれない。でも、初めて聴くけど、ほぼど真ん中と感じられるような曲であったなら、これこそが、本物のセレンディピティだ。客である僕らも粋に問いかけようじゃないか。